犯罪的な行為への依存から脱却するためには何が必要か
- ぬっぺふ
- 2022年9月1日
- 読了時間: 21分

どうも。元熱血教員で不祥事教員、現社会福祉士でピアサポーターのぬっぺふです。
ここしばらく体調が優れず、無理しない範囲で動画作成等を続けていたので更新ペースが落ちてきているなあと自覚しています。でも、まあ伝えたいことの8割方は今までの記事の中のどこかにうもれているので、ここからは焦らずにやってく所存です。
さて、今回のテーマは「犯罪的な行為への依存から脱却するためには何が必要か」です。
…以前「依存症について」の概説の中で依存症全体に関わる流れは示したのですが、実際の加害が伴う依存の場合、ことはより複雑です。そこで、今回は実際に自分がやってきたことを整理する形で別角度から説明していければと思います。
ですので、概説の中で触れていた内容と順番が違ったり視点の置き方が違う点も出てくると思うのですが、それは前回の内容が「一般的な内容をぬっぺふが噛み砕いて説明したもの」だったのに対し、今回は「ぬっぺふが実際行ってきた内容を整理して説明するもの」のためとご理解下さい。多少の差異はあっても目指すものは基本同じです。
では、いってみましょう!
※なお、具体的なプログラムの内容については権利上の問題も発生する関係で、詳細な内容はぼかしつつも全体の流れがわかるよう説明したいと思います。

1.ぬっぺふのケース
まずは、ぬっぺふがどのような流れでプログラム等を受けてきたかをお伝えします。興味ない方は飛ばして結構ですぞ。
私がカウンセリング事業所に連絡をとったのは実は自身の不祥事(盗撮等)が発覚してからしばらくたってからでした。発覚後すぐの内は弁護士と精神科の間を行ったり来たりしており、まだ他の所まで視野に入っていなかったのです。
ところが、精神科より「うちでは具体的な性犯罪加害向けのプログラム等はやっていない。あなたに出来ることはこれ(服薬調整)以上は何もない。ちゃんと性犯罪加害向けのプログラムうけて下さい」との言葉をうけ、「じゃあどのような場所にいけばいいのか」を探りだしたのです。
まずは精神科医のアドバイスを元に保健所に行きました。まだコロナ前だったこともあり、皆さんのんびりお昼ごはんを食べているところ、声をかけるのがとても恥ずかしかったことは覚えています。聞いてみたところ、アルコール依存などと違い性的なものへの依存、とくに性犯罪加害者へのプログラムとなると保健所では対応できないとのことでした。
そこで、目線を広げ広域でそうしたプログラムを行っている場所を探したところ候補として以下の4つが見つかったのです。
1つは、性依存をはじめとする依存症を中心とするクリニック。基本は1日中病院内で運動やアートといった活動に参加しながら心理教育やグループワークを行っていく、というスタイルで金額については様々な制度を利用すれば1日1000円程度。
2つめは、性犯罪加害を専門に対応するNPO法人。こちらは外来で通うことができ、単純なプログラムだけではなく薬による性欲そのものの減衰も併用しての取組が特徴でした。
3つめは、病院です。ここでは入院を軸とした依存症治療を行っており、最短でも1か月はかかるとのことでした。
そして最後に、今通っているカウンセリング事業所です。薬物依存への対応を軸に開設し、現在では多種の嗜癖行動の相談にのっているという所。お値段は1回の相談で約6500円。プログラムはまた別にかかります。
さて、迷いました。まず当時の私は
①いつ警察からの呼び出しがあるかわからない
②子どもが幼くあまり家を空けるわけにはいかない
③示談金等でどのくらいのお金がかかるかわからない以上、高額になりすぎるわけにもいかない
④事件の決着がついたらなるべく早く働かないといけない
※実際はこれは手帳のおかげで大分ゆるくなったのですが…
といった問題を抱えていたためです。
1つめの病院は、1日あたりの利用料は安いものの過去に生活保護者の囲い込み等の問題が起きており、個人的にはそこが不安でした。2つめのNPO法人はいかんせん場所が遠すぎたことと金額が高かった(実際はカウンセリング事業所 でも総額は変わらないくらいかかったのですが)。そして3つめは、自分の現状では入院している余裕はないと判断し除外(実際はそれもありだったのかもしれませんが)。
結果、消去法的な観点と、開設者の言葉が荒んでいた自身の心には優しく響いたという非常に感覚的な観点から現在のカウンセリング事業所と繋がることになりました。
さて、そうなるとこちらとしてはすぐにプログラムを開始してほしいわけです。なぜならば今後の警察とのやりとりや再就職の動きのときに「はい!ちゃんとしっかりしたプログラムをうけてきています!再犯しません!」と言いたかったから。
ですが、初面談時に言われたのは以下のことでした。
①「とりあえず性的なものは全て捨てる」
②「マスターベーションはなるべくしない。どうしようもないときはなるべく何も考えないまま行う」
③「女性を目で追わない」
④「これは健全?不健全?など迷ったらとりあえず相談」
⑤「隠し事をしない」
⑥「プログラムは事件が一段落してからでないと始められない」
…ということでした。
私は正直、がっくりしました。こちらにそんな時間はないのに…!理由を求めた所、カウンセラーさんはこう言いました。
「感情が落ち着いてからの方がいいと思うんだ」と。
…結局私が具体的にプログラムに参加できるようになったのは、検察等の処理が全て終わってから。最初に事業所を訪れてから約半年がたっていました。
なぜすぐにプログラムを受けさせてもらえなかったのか。
当時は「カウンセリング期間をずるずる伸ばすことで利益を搾取するのでは…」などと疑ったりもしたのですが、今ならば理由がわかります。
当時の私はプログラムを受けたことを「免罪符」として使いたかったのであり、本当の意味でプログラムによって自分に変化が起こることを信じていたわけではなかったのです。そんな中、プログラムを受けたところで深い考察に向かうことは出来なかったでしょう。
また、事件がどうなるのかという大きな不安を抱えた状態とは、精神的な土台がぐらついている状態です。後に学びましたが、依存症への対応策として重要な「認知行動療法」は、自分の思考回路という複雑なブロックを組みなおす作業のため、精神の土台がぐらついている状況では効果が薄いのです。今ではむしろそんな状況の私に「プログラムいっちゃおう」と言わないでいてくれたカウンセラーさんの判断に感謝しています。
こうして、遅まきながら事件終結を待って。
私の本格的な性犯罪加害との向き合いが始まっていくのです。
2.プログラムの開始からグループワークへ
さて、何はともあれ、いよいよプログラムに参加ができるようになりました。
私が参加したのは、性犯罪加害者とDV加害者が共にうける心理教育プログラムです。
※性犯罪加害者とDV加害者には共通点が多いため。実際、教員の不祥事も見方を変えれば大体が性犯罪とDV(生徒や他教員を代替家族として見た場合)の形式を持っているものが殆どであり、これは両者になりやすい性格特性と教員に多い性格特性が似通っているからとぬっぺふ的には理解しています。
基本的な流れはとしては以下の通り。まず第1に①動機づけのための学習と②心理的学習を同時並行で進めていきます(6回に分けた心理教育プログラム)。
そして毎回担当のカウンセラーとの振り返りを行い①②両者を深めていき、個別の課題(何が加害の引き金となるのか。どのような物理的対処がとれるのか。なぜ自分はそう感じてしまうのか等)を徹底的に分析します。
さて、プログラムの全過程が終わった後は、自分と同じような境遇の方が集うグループワークへ参加となります。このグループワークでは基本言いっぱなし、聞きっぱなし、でも自分の意見は表明していいという形で、その日その日によってテーマは雑多。
どうしてもアダルトサイトを見てしまうという点がテーマになったこともあれば、自分はなぜ制服に惹かれるのか?というような内容がテーマとなったこともあります。
その場その場は和やかに話をしていくのですが、実際はこの中で今まで各人が磨いてきた
A自分をどう捉えるかB具体的な対処法の2点が飛び交うのです。中には自分ではとても持てなかった視点もあり、通いだして数年たった今でもグループワークは刺激に満ちた場となっています。
3.上記の活動の中で何に気付いていくのか
さて、以前、依存症治療には以下のポイントが重要と書きました。
①依存症の治療は「治癒」が目的ではない
※めざすのは依存物によって失った身体面、精神面、社会面の回復!
②そのために3つの歯車をまわしていくことが大切
ア「自分の人生を見つめなおし、依存に頼っていた空白を埋められるようにする」
イ「依存対象が辛さを忘れさせてくれる魔法だったということを理解し、魔法を使わずとも生きていける術を探る」
ウ「健康な依存先をふやしていく」
…私が受けたプログラムもこれらの項目を全て埋めていくものであったわけです。
とくにグループワークの存在は大きい。既に自分がいた場所を通り過ぎ、何歩か前を言っている方々がいるわけです。そうした方を見るだけで、希望がわいてくるような気がしました。回復を信じられるようになっていくのです。
そして、単純な依存症と性犯罪加害等の加害性がともなう依存の場合の違いです。
性依存ならば、何も犯罪とならない形で性欲を解消する方法はいくらでもあったはずなのです。でも、このグループワークに参加する人々は多数の選択肢の中から「あえて犯罪性のあるものをえらんだ」。それは何か?を探ることが重要なのです。
他の依存症であれば、簡単に言えばストレスの解消法を求めた先にそれがあったからといってしまえばそれまで。
ですが、例えば盗撮や覗き、痴漢、また万引きといった加害性のある行為については「多種あるストレス解消策の中で、なぜわざわざ法の網に触れるものに行きついてしまったのか?」を探らないと真の理解に辿りつけないのです。
中には「単純な好き嫌いで変態だったんだよ」という方もいますが、変態は生まれるものではなく「成る」者です。全ての人が変態にならない以上、成育歴の中でなにかしらそちらに傾倒していくきっかけや理由があるはずなのです。
そうしたことを延々と議論し続けるのが、私の今参加しているグループワークの軸となります。
4.ぬっぺふ的なまとめ
さて、ここまでぬっぺふがどのように自身の「犯罪性のある依存症」に向き合ってきたかをお話ししてきましたがここからは実際にプログラムもうけ、勉強をした結果理解した「犯罪性のある依存症」と向き合うために重要な項目をまとめていきたいと思います。
なお、ぬっぺふは心理の専門家ではありません。あくまで現状はピアサポーターです。
なので、これからお伝えするのは一当事者として認識している内容であり、その通りに進めれば依存が回復するというものではありません。(回復の仕方は人それぞれです)
そのため、本格的な回復に向けた歩みにはぜひサポーターとして専門家について貰うようにしてください。
では、まとめていきます。
①まずはやる気と目標が大事
ぬっぺふは最初プログラムを「免罪符」として認識していました。こうした状態では自身と本気で向き合うことはできません。まだ「動機」が外にある。
変化を求める原因は外にあってはいけません。自分の中にないとなのです。
そのために、自分が変化しなかった場合と変化できた場合を天秤にかけることをしていきます。
自分が本当に求めていた人生は何だったのかを思い出します。
また、自分の起こしたことについての責任を自分が受け止められない限り、本当の変化は生まれません。運が悪かった、育ちが悪かった、ストレスが溜まっていた。要因にはなれど、責任は自分ということを直視しないといけない。
一方で、自分を卑下しきってしまうと変化へのパワーが沸いてきません。自分の人生を振り返り、強み探しもしていく必要があります。
こうして、変化に対しての「やる気」、そしてどのような変化を目指すかという「目標」。その2つを外からではなく自分の中から見つけ出すことが重要です。
②問題の全体像について
様々なプログラムがありますが、そもそもその本質をわかりやすく説明できないだろうかと考えた結果、以下のような説明を思いつきました。
大元になっているのはフロイトという学者の唱えた力動論というものになります。

あくまでぬっぺふ的に説明します。
人間の中にはそれまでに作り上げられた自分ルールのようなものがあります。大体の場合は学校や社会で教え込まれる「社会常識」や「法律」がここに入ってきており、そのルールを守るよう訴えてくる天使ちゃんが「超自我」です。
その対極に位置するのが、「無意識」。これは人間の持っている本能的な欲求です。くいたい、ねたい、やりたい、らくしたい、もてたい、ほめられたい…
ありとあらゆる「~したい」を持っています。
昔はこの無意識に従って生きていても何にも言われなかったのですが、人間は社会を作ったため動物のようになんでもやりたいことをやっていい世の中ではなくなってしまった。結果、無意識の言葉を時にはねのけて、「やりたいことを抑圧する」必要が出てきたのです。
そのため、脳内での役割としては悪魔ちゃんといったところ。
では、間にいる自我とは何かと言われれば、その天使と悪魔の間で右往左往しながら自分の行動を決定していく、貴方の意識のことです。漫画でよくある表現で頭の中に天使と悪魔が現れて…というシーンを見たことが無いでしょうか。人間なんてのはようはあれの繰り返しで行動してるんだよというのが、ざっくりとした内容です。
…さて、通常であれば天使ちゃんと悪魔ちゃんのバランスを皆とっており、社会を逸脱するような行為はそうそう起こさないようにしています。
例えば無意識が「おい、いい女だぜ、襲っちまえよ」と訴えてきても、天使ちゃんが「だめ!そんなことしたら捕まっちゃうよう」と言う。そして貴方は両者の声を聴き、「あの、すみません。このあと暇ですか…?」と合法的な範囲で間をとっていくのが通常です。
ですが、天使ちゃんと悪魔ちゃんのパワーバランスが崩れるとこれがおかしなことになってくるのです。
天使ちゃんが強すぎて、悪魔ちゃんの言うことをすべてかなえないでいたとします。心理学的には抑圧と呼ばれる状態です。ですが、悪魔ちゃんはその恨みを忘れません。一時は天使ちゃんに「ち、おぼえてろ」と引き下がっても、その欲求不満をパワーとして蓄えているのです。
そしてそのパワーは常に噴出するきっかけを探しています。
こうなると、ささいなことでも怒りやすくなったり、運転が荒くなったり、酒などを飲むようになったり、天使ちゃんが「まあ、そのへんなら犯罪にはならない・・・かな?」という隙間から「ひゃっほう!」とばかりに無意識の欲求が飛び出してくることになります。
例えばその時に天使ちゃんが許した合法的ストレス発散が「アルコール」ならアル中に。性的なものなら「性依存」に。ギャンブルならば「ギャンブル依存」に進むルートが生まれていくのです。
そうなる前に適度に悪魔ちゃんのパワーを発散していくスキルを持っていれば、あるいは天使ちゃんがここまで強くなければ、そこまで1つのものに無意識が飛んでくことはないはずなのですが、それができない人が依存へと進みます。
さて、では逆の場合はどうでしょう。天使ちゃんが悪魔ちゃんより弱くなった場合は?これはわかりやすいです。天使ちゃんをぶちのめしてでも悪魔ちゃんがやりたいことをやってしまう。いわゆる理性が働かなかったという状態です。
さて、では犯罪性のある依存の場合はどのような状況になっているのでしょう?よく聞くのは「理性が働かなかった」「欲求を抑えられなかった」といった供述です。そのため、天使ちゃんが弱くてぶちのめされてしまったケースのようにも思えます。
ですが、こうしたケースの場合はもっと粗野で乱暴な事件になりがちです。多くの犯罪性のある依存者はそれなりに法の網をかいくぐろうと工作をしたり、普段は日常生活として嫌いな上司を殴ったりせず過ごせています。天使ちゃんが弱いのであれば、そもそも上司はぶん殴られている。
ここで重要なのが、天使ちゃんはあくまで「脳が作り出した自分ルール」であるという所です。たしかに天使ちゃんは真面目です。ですが、法律と=ではありませんし、無変化のものでもありません。そのため、以下のようなことが起きます。
悪魔「なあなあ、お前いっつもそんな風にガマンばっかさせっけどよう。俺だって頑
張ってるじゃんよ。満員電車で毎日2時間も揺られてよう。ちょっとくらい、いいじゃん。なあ?」
天使「い、いや。でもだからといって女性のお尻を勝手に触るなって許されない!女性に失礼だし、捕まるかもしれないし…」
悪魔「いや、それなんだけどよ。女って本当は痴漢されたいと思ってるらしいぜ。ネットで書いてあったからよう」
天使「そ、そうなのか?」
悪魔「合意ならよう、罪にはなんねえよなあ。だからよ。ほら、ちょっとだけ!なに、大丈夫。いざとなったら揺れてぶつかったってことにすりゃ証拠はねえよう」
天使「(いつも抑えてばっかりだしなあ)じゃ、じゃあ手の甲だけだぞ」
~事後~
悪魔「な!言った通りだろ。最後の方はなでくりまわしたけどなんもいわなかったぜ。やっぱり女は本音じゃ求めてんだって」
天使「そう・・・なのかもしれないな。でも、今回はたまたまかもしれんぞ!」
~何回かの痴漢をへて~
天使「俺は、間違ってたのかもしれない。いや、でもやっぱり道理にそわない…。よし…」
Qさあ、天使はどうしますか?
A「女は痴漢を求めてると新しいルールとして採用する!」
B「この件は、見てみぬふりをする!」
Aを選んだ場合、その方のルールに変化が訪れます。社会的なルールと自分ルールの間に齟齬が生まれる。これが自我に伝わることで「認知の歪み」と呼ばれるものが生まれ、自身の犯罪行為を合理化していくものとなってしまいます。
※いわゆる痴漢は女が望んでいる、盗撮はばれなきゃ犠牲者はいない、万引きくらい大したことない、大麻は麻薬に入らない…等
Bを選んだ場合は、否認や抑圧という状態になり、問題行為を意識から排除しようとします。そして、犯罪をやっておきながら自分はいい人間であると思いながら日常に戻るのです。
…形は違えど、結局のところ起きるのは天使ちゃんと悪魔ちゃんの一部同盟結成です。同盟結成した分野においては最早自我は太刀打ちができなくなっていきます。
そして回数を経るうちに自我の中に「こういうときはこうする」という行動パターンがすりこまれてしまえば、最早そこには天使ちゃんと悪魔ちゃんの葛藤も存在しない、体が勝手に動いてしまうという状態になっていく。
ゆえに「理性が働かなかった」「欲求が抑えられなかった」になるわけです。
…つまり、問題の行動を改善していくためにはこの天使と悪魔のバランスを取り戻すこと、間違った自分ルールを整理していくことが必要になるわけです。
③解決に向けてのタスク
さて、登場人物は3人。天使ちゃんと貴方。そして悪魔ちゃん。
彼らが抱えている課題をそれぞれ解きほぐし、整理していくことが犯罪性のある依存には必須となってきます。そして、そのための努力は貴方にしかできないのです。
ア 天使ちゃんの抱える課題とそれに対する貴方の対応
・偏った自分ルールを探り、修正していく。何が暴力か?ばれなければいいのか?
※過剰に強すぎて無意識を抑えすぎてしまうのもある意味の偏りにあたる。解読のためにも自分の成育歴(自分ルールを作り上げたもの)を探ったり、今まで気付かなかった視点(人権感覚、被害者の言葉をきく、被害者に与える影響の大きさを確認する等)の獲得を図ったりしていく。
イ 貴方への課題とそれに対する対応
・やるきを保つこと。目標をもつこと。絶望しないこと。
・体に染みついてしまった癖(過度に発達した行為へのセンサー等)を理解し、使わないようにすること。
※性的なものであれば女性を目で追わない、女性に近付かない、夜の街を歩かない等。万引きであれば基本生協や通販を利用する、店に入る場合は死角のない服を着ている時のみにする等
・依存している行為への欲求を刺激するようなものから遠ざかること。
※性的な依存ならポルノを全て捨てる。万引きなら今まで手に入れたものを捨てるか返却する等
ウ 悪魔ちゃんの抱える課題とそれに対する貴方の対応
・過度に膨れ上がらないよう健全な発散方法を探してあげる
・悪魔ちゃんにも好き嫌いがあったり、特徴がある。悪魔ちゃんの言葉を理解し、得体のしれない存在だった無意識を理解できるものにかえていく。
※そのために自分史を探ったり、自身のリスク要因を分析する必要あり。これらをくり返すことで今までただのよくわからない存在だった無意識が、実は親との関係、幼少期のトラウマ、思春期のコンプレックス等によって満たされなかった何かを求める駄々っ子であることがわかったりする。
※自分として認められないようなものがあったとしてもその自分をうけとめてあげる。悪魔を受け入れ向き合うことでその動きは穏やかになっていく。
エ 認知行動療法によって上記の課題を推し進める
基本となるのはエリスという学者の唱えたラショナルセラピーを行動にも応用していきます。ラショナルセラピーとは、簡単に言うと以下のようなものです。
・人間は物事を認識し、それに対応して行動する
・つまり同じ物事であったとしても、それをどう認識するかで行動や結果は変わってくる
・問題を抱えている方の多くは、「イラショナルビリーフ(誤った信念)」を持ってしまっており、認知が歪んでしまっている。
例:①街で貴方を見ている男がいる
→喧嘩を売られていると思う⇒「おい、何見てんだよ」
②街で貴方を見ている男がいる
→自分の近くに友人でもいるのかと思う⇒周囲を見回す
※同じ出来事であっても、それをどう受け取るかは変えられる。
・「イラショナルビリーフ」を「ラショナルビリーフ(正しい信念)」に変えていくことで問題の改善をはかれる

オ まとめ
まとめると、2つの車輪が回っているのです。
1つは「自分を知ること」を軸として自分の世界観を変えていく作業。
もう1つは「物理的な対応」によって再犯に繋がらないようにすること。
一般的には後者の「物理的対応」がわかりやすいのでもてはやされます。アメリカのメーガン法(一定以上の性犯罪者はネット上で住所を公開することで、本人が再犯をしにくい環境を作る)などはその一例です。ですが、実際は最も大切なのは前者なのです。後者はあくまで対処療法。せきが出るから咳止めを飲む、マスクをつける、人に移さないよう家にいるといった類のもので、根本的な解決には至りません。
※そもそも犯罪者とはいえ社会生活を行わなくてはいけない以上、どう工夫してもリスクの高い環境(痴漢にとっての満員電車等)に出くわす可能性は常に存在します。
だからこそ、正しいのは後者で時間を稼ぎながら前者をすすめ、問題の根治を目指していくということなのです。
とはいっても、一度脳内にできた回路は消滅はしません。根治といいましたが、何かのきっかけで再発する可能性は常にあるため、結局両輪を回し続ける必要はあるのですが…
5.最後に
さてさて、ざっくりとぬっぺふなりの解説をさせて頂きましたが、ここではとっつきやすくするために無理やり体系化したような点はあります。実際に自己分析を進めている最中はより暗中模索の感覚を味わうと思います。
なので、犯罪行為への依存がある方については基本的には専門家とタッグを組んで動くべきです。それまでの準備としてであればぬっぺふの理論にそって自己分析を進めることも可能かもしれませんが、ここではあくまで情報の大枠しか出していませんので…
もしどうしても専門家に繋がれない状態であるという方は、ワーク形式の書籍があったりします。一人で取り組むのはとても大変ですが、自助グループなどと組み合わせることで完遂できる人はいるかもしれません。
例えば性犯罪であれば
『グッドライフ・モデル~性犯罪からの立ち直りとよりよい人生のためのワークブック』byパメラ・M・イエイツ、デビッド・S・プレスコット、藤岡淳子監訳

万引きであれば
『クレプトマニア・万引き嗜癖からの回復 -“ただで失敬"してしまう人たちの理解と再犯防止エクササイズ』byテレンス・ダリル・シュルマン著、奥田宏(監修、翻訳)松本かおり(翻訳)、廣澤徹(翻訳)

などはわかりやすかったです。
さて、というわけで今回はここまで。
もし底付体験をしていない方がこのページを見ているのであれば、必ず今動くべきです。いつか必ず、ばれる日がきます。ばれなかったとしても、そうした行為でしか自分を支えられない生活状況は健康に悪いので、早く死にます。どちらにしてもいいことはありません。
一人でも多くの方が、ぬっぺふのような袋小路に迷い込む前に道を切り替えられることを祈っています。
では、またいずれ!
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